おとのね

あとは根となれ音となれ

その希望の名は【Ninth Pencil】

 スペースシャトルは、機体の一部を再使用して繰り返し飛行する部分再使用型の有人宇宙往還機である。垂直に打ち上げられ、地球周回軌道に入り、軌道上でミッションを行った後、大気圏に再突入、水平着陸し、再整備されたのち再飛行ができる。「宇宙輸送システムSpace Transportation System」ともよばれ、多目的に利用可能である。 

 スペースシャトル。有翼の宇宙船。次世代の夢の塊。

 その印象は記憶に強烈に焼き付いている。宇宙と地球を結ぶ、シャトルバスならぬシャトルロケット。打ち上げが成功する度に喝采が起こり、功績が伝えられる度に人々は色めき立った。再利用が可能でコストも安く済む、だから何度も宇宙と地球を往復できる。そう遠くない日、きっと我々も宇宙に旅立つことができるに違いない──。遠くで眺めていただけの私にも、そう思わせるだけの魔法の乗り物。それがスペースシャトルだった。

 だが、得てして魔法は存在しない。正確には、種も仕掛けもある魔法だ。衛星を打ち上げる度にロケットを使い捨てていた時代に生まれた「ロケットをリサイクルする」というアイディアは、その実宇宙開発の予算の削減に対する苦肉の策である。その上、二度の大気圏突入に耐えうる宇宙船部の実現は困難を極めた。打ち上げ時の姿のまま地球に再着陸する魔法の景色の裏側には、人々の英知、技量、図り知ることのできない苦労が存在していた筈だ。スペースシャトルを希望たらしめたのは、希望を存在させようとした生身の人間の願いであり、意志である。

 そして、希望だらけの存在だった筈のスペースシャトルにも終焉の時が来る。二度の痛ましい事故、そしてコストの増加。コスト削減の為のスペースシャトル計画は、要求された高度な技術によりコストが嵩む致命的な矛盾を抱えてしまう。事故による発射回数の激減、一方で減らない整備費。歪さを増していくその天秤が、計画に幕を下ろした。完全無欠の希望が「希望みたいなもの」に変わり、遠くに姿を消した瞬間。

 それがなんだと言うのだろう。

 スペースシャトルが打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡は未だに息を続け、無数の発見を地球に送り続けている。地球と宇宙を往復する存在が無ければ、宇宙ステーションは永遠に組み上がらなかっただろう。

 もう二度とスペースシャトルは帰ってこない。けれど、あのぽってりとした愛くるしい機体は間違いなく宇宙を身近な存在に変えた。かの存在が撒いた宇宙への期待は芽を出し、今この瞬間も空を目指している。裏側に計り知れない痛みと困難を抱えようとも、その姿はあまりにも「希望」そのものだった。

 その有様に、どうしても或るバンドを重ねてしまう。

 物好きを惹きつけてやまないそのバンドは、デビューから一貫してあらゆる固定観念の揺さぶり方を模索している。前代未聞の計画、あるいは企みは10年単位でミリ単位の調整を施され、最善の状態で世に放たれる。一度限りの破滅、使い捨て、手軽さ。そのどれでもない道を進み、高水準の技術を惜しみなく出し尽くす。其の上で、ライブが終わった次の日も生きてみないか?と手を伸ばす。健闘を祈り、決心を祝うその姿に悲壮感は見当たらない。ただただ、「ロックは楽しい」という希望に行き着く。そんな三人が万華鏡のように、スペースシャトルの雄姿に重なる。

 ライブとアルバムを全力で行き来し、忘れたくても忘れない今を繋ぎ続けた彼らだからこそ見えた可能性は無数にある。文字にすれば簡潔、快挙を上げれば光だけがそこに浮かぶ。一見魔法のように見える彼らの道のりが、平坦だったとは到底思えない。降り注ぐノイズ、うるさい外野、未知の感染症。それでも彼らは歩みを止めず、20年目の記念日を迎えようとしている。希望を待つだけの存在には見えもしない、虹色の旗を掲げて。

 例えその軌跡がどちらを向こうとも、その航路には意思が宿る。希うだけでは何も見つからない。彼らは燃料を見つけながら未知を進むだろう。星は憧れの象徴でも、儚さの表象でもないのだから。

 未踏の土地を行くものは、いままで知らなかったものを見出すだろう。海へ船出したものは、それまで聞いたことのないものを聞くだろう。そして、沈黙の翼で空を行くもの、天空の探究者は、夢にさえ見たことのないものを見出すだろう。そこは探検者の道、空の卓越した道なのだから。

                      アイリーン・コリンズ                       

 

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<引用文献>

デジタル版『日本大百科全集(ニッポニカ)』「スペースシャトル」;2024年3月31日時点

寺門和夫. 『ファイナル・フロンティア 有人宇宙開拓全史』. 青土社, 2013, p204

 

<参考文献>

谷合稔. 『ロケットの科学 創成期の仕組みから最新の民間技術まで、宇宙と人類の60年史』. サイエンス・アイ新書, 2019,

 

スペシャルサンクス>

本企画 Ninth Pencil

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そしてアルバム曲との思いがけない出会いを作ってくださった企画者のナツさん

 

もくりやテキストライブで共に悲しみ、嘆き、そして励まし合った同志の皆様

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See you NEXT LIVE!